87番の文から。
that is to say, my receiving the letter from Miss Kenton, containing as it did, along with its long, rather unrevealing passages, an unmistakable nostalgia for Darlington hall, and - I am sure of this - distinct hints of her desire to return here, obliged me to see my staff plan afresh.
先頭の単語は小文字ですが、これはこの前の86番の文が
セミコロンで終わっているためです。
セミコロンは、くっついているけど、切れている、ことをあらわしています。
つまり、86番87番の文は実際は一つの文といえるのですが、
別々の文として考えます。
さて、この文は挿入句などが多く、複雑です。
挿入部分は、文章の構造からみれば、おまけの部分となるのですが、
内容的には、話し手の心情が込められていますので、重要です。
訳すうえでは、そういう心情にぴったりの日本語を探す必要があります。
まず、原文をコンマで区切って、並べてみます。コンマごとに挿入句と考えるわけです。あわせて、文中での機能・役割を併記します。
挿入0 that is to say,
主語部分 (S) my receiving the letter from Miss Kenton,
挿入1 containing as it did,
挿入2 along with its long,
挿入3 rather unrevealing passages,
挿入4 an unmistakable nostalgia for Darlington hall,
挿入5 and - I am sure of this -
挿入6 distinct hints of her desire to return here,
動詞 (V) obliged
目的語部分 (O) me to see my staff plan afresh.
まず、挿入0から始まります。これを挿入1としてもよかったのですが、本体文の主語の前ということなので、挿入0としました。
つまり、本体の文の主語は次の my receiving the letter from Miss Kenton, で、
それに対する動詞は obliged で、
その動詞obliged は他動詞ですから、その目的語は me で、
さらに、その me にさせることが to see my staff plan afresh. というわけです。
挿入0はおいておいて、この本体文から片付けましょう。直訳すれば、
「私がケントンさんからの手紙を受け取ったことが、私に管理計画の見直しを義務付けることになりました」
となり、たったこれだけのことを言うのに、スチーブンスは、照れ隠しやら弁解やら、
あれこれ挿入句を付け加えるわけです。
で、このあれこれに味があり、そこがノーベル賞の授賞理由と思うのですが、やはり日本人ぽさを感じるところです。
挿入0に戻ります。
これは、スチーブンスの口癖というか、読者の関心を引き寄せるための「前振り」です。
that は、前の文章の内容を指しています。「あれ」ほど遠くなく「それ」とか「そんなこと」という中称が適当でしょう。
to say は、そういう関心をぐいっと近くまで引き寄せる感じで、「こういうこと」をあらわしていると考えればいいと思います。
あわせて、「それはこういうことなんです」 となりますが、
スチーブンスの口癖では
「それはこういうことでございます」 または
「それはこういうことでございますが、・・・」
と、次の文章につながるのですが、こんなのはまじめに訳さなくても、
「えー」とか、「そのー」でもいいと思います。
さて、本体文に行きましょう。
この文は、文形は SVO ということになります。to 以下の不定詞部分は名詞の役割をしており、その名詞は目的語の役割をしていますから、
S V IO DO と考えてもいいかもしれません。
さらに、その不定詞部分ですが、
see が動詞で、my staff plan が目的語、afersh を目的補語となっていますから、この部分は VOC と考えることができ、
「管理計画を、新しく 見直すこと」
となります。そして、この「管理計画を、新しく 見直すこと」を
me に obliged させるわけで、obligeを確認すると、を義務付ける、強制的に~させる、恩恵を施す、などですから、
「私に 「管理計画を、新しく 見直すこと」を義務付けた」となります。
「喜んで~します」 とか、
「~することにやぶさかではございません」あたりが訳語の候補です。
そして、この本体部分の中に挿入部分の訳をはめ込んで、さらに日本語を練っていくことになります。
さて、挿入1 containing as it did, は、the letter from Miss Kenton を修飾しています。~にかかるという言い方もしますが、
containing = that(which)contained と関係代名詞で書きかえることができます。
it は the letter ですが、did は、arrived 届いたとか came 来たなど、手元にある状態をあらわす動詞になります。
as は、when と考えればよさそうで、
「手紙がとどいたとき、その内容は」という感じだと思います。
手紙というものは、かってに届くことはありえません。そうなる前に、本人が明確な意思あるいは意識をもって、手紙を書いたとか、封筒に入れたとか、そこに住所を書いて、切手を貼って、ポストへ出しに行ったとかの、一連の本人が決して嫌ではなかった行動全部を含んで、contain していることに注意すべきです。
つまり、スチーブンスはケントンさんへの気持ちを、照れくさいのか、むこうのせいにしているようです。
「手紙が来た以上、そういうもろもろの行為をするだけの気持ちがあるはずだ」と思っているわけです。
訳としては、
「手紙が来たことから察すれば」あたりがよさそうです。
次は、何をどのように察すればいいのか、ですが、それは containing の目的語、つまり
挿入4と挿入6になります。
挿入2と挿入3は、そこに挿入されていると考えればいいと思います。
あるいは、2と3は分けて考えずに、一つのものとして、long だけど、unrevealingだった passages と考えてもいいと思います。
along with its long, rather unrevealing passages, となるわけですが、rather の前にコンマを入れないと、連続してしまうということかもしれません。話すときには、コンマのところで息継ぎをしたり、それぞれの単語を長めに言ったり、聞き手に注意を促す手段はたくさんあるのですが、書くときには、コンマぐらいしか方法はないのでしょう。
さらに、ハイフンで挟んで、挿入5が入り込んでいるのですが、このスチーブンスの心情は、直接的に挿入6を確信しているわけですが、全体のことを確信していると考えてもいいとおもいます。
long = 長い は、「ずっと続いた」
unrevealing = 不透明な はっきりしない は、「目につかない」「目立たない」「ひそかな」あたりですが、この言葉は、スチーブンスの心情が勝手に盛り上がっている感じです。
passages は、「通行」ですが、複数ですから、クリスマスカードなどの往復を指していると考えたらよく、「行ったり来たり」「やり取り」です。
年賀状なども、毎年出してはいますが、それがそのまま気持ちの軽重につながらないわけで、そこをスチーブンスはどう判断したのか、というのがミソなのですが、はたして。
挿入4 an unmistakable nostalgia for Darlington hall, は、
「ダーリントンの邸館に対する見まがうことのない郷愁」で、
挿入6 distinct hints of her desire to return here, は、
「ここへの回帰の希望についての明確な兆候」が、
それぞれの直訳で、ここに挿入部分の訳を加えて、日本語を練ればいいということになります。
ということで、それぞれの部分を訳し終わったので、続けて書けば、
「それはこんなことでございます。
ケントンさんがここをお辞めになりましてからも、季節の挨拶のやり取りはずっと続いておりましたが、改めて手紙が参りました。
そのことから察すると、このダーリントンの邸館を懐かしく思っておいでで、そのうえもう一度ここに戻ってもいいと考えていらっしゃるようでございます。
もしそうなら、管理計画を作り直すこともやぶさかではございません」
と、こんな感じになりそうです。
もっといい日本語があると思います。どう直しましょうか。
「つまりこんなことでございます。ケントンさんから手紙を受け取りましたが、ご自身がお出しになったことから察すると、心のそこではダーリントンの邸館のことを懐かしくお思いで、またここへ戻ってきてもいいとのお気持ちをお持ちのようで、それならば、私は管理計画を見直すことにやぶさかではございません」
と、しました。
久々に仮定法ではない直説法の文でしたが、その割にはスチーブンスの心情だらけの、つまり、目には見えない内容の文でした。
現実と心情、この表現がカズオ・イシグロはうまいということでしょうか。
つぎは、88番です。