ACT I Scene I Rome. A street. 一幕 一場 ローマ市内、街路で
[Enter Flavius, Marullus, (警備役人フラヴィアス、マララス
and a Throng of ctizens.] そして、大勢の住民が登場)
Flavius フラヴィアス
Hence! ここまでだ。
Home, you idle creatures, 戻るんだ、いいか。
get you home! 家へ帰るんだ。
Is this a holiday? What? Know you not, 今日は休みなのか。そうじゃないと
Being mechanical, 分かってるだろ。決まりを守れ。
You ought not walk upon a labouring day 平日に出歩くんじゃない。
without the sign of your profession? しかも、職人の印がないぞ。
Speak, what trade art thou? 言ってみろ、仕事は何だ。
First Citizen 住民1
Why, sir, a carpenter. もちろん、大工でがす。
ジュリアス・シーザーの最初のところです。
Hence とは、見慣れない単語ですが、
here と there そして hence と thence と並べれば
それなりになじみがわきますね。
ここ と あそこ で、
ここから(まで) と あそこから(まで)です。
ce というのは、副詞を作る語尾らしいです。
「ここまで」とか「ここからは(立ち入り禁止だ)」という感じです。
you idle creatures は、私は「敬関詞」と呼んでいますが、少し違った扱いをする必要があると考えています。
「 敬関詞」とは、敬意と関係を表すことを、一字ずつ取って、私が作った言葉です。
「話し手が、相手(聞き手)をどのような人だと認識しているか」を表す言葉ということで、間投詞のように文中に挿入されて使われます。
訳すときは、そのまま訳すのではなくて、
そういう風に感じる人に対して、どのような言葉づかいで話すかを考えて訳す、
ということになります。
わかりにくいですが、ここのケースにあてはめれば、
「you idle creatures」は、そのまま訳せば「お前たち、ノラクラ者め!」といった感じになるわけですが、それは、この話し手フラヴィアスが、住民たちをノラクラ者とみていることを示しています。
では、そういうノラクラ者に対して、どのような言葉遣いをするかと考えると、
「戻るんだ」「戻れ」「帰れ」「さっさと帰れ」などと言うのではないかと
推察できます。
で、そういう言葉遣いを、本体の動詞に含め訳すことになります。
ということで、ここのフラヴィアスのセリフでは、
「ここまでだ。戻るんだ、いいか。家へ帰るんだ」と訳しました。
もし、「you idle creatures 」の代わりに、「gentleman」とか、「mister」であるなら、
すなわち、
Hence! Home, gentleman, get you home!
Hence! Home, mister, get you home!
ならば、
「帰れ、紳士の方よ」とか「戻るんだ。立派な人よ」と呼びかけるのではなくて、
「ここから先は立ち入り禁止です。もうしわけありませんが、お帰りください」とした方が、そういう人に対する言葉遣いとして自然であるし、日本語らしいと思うわけです。
例えば、Yes, sir! などは、
「はい、先生」ではなくて
「よくわかりました」などと訳すのが、日本語らしいと思うわけです。
この日本語らしさについては、また別の機会に説明したいと考えています。
この「敬関詞」は、今までの文法書の概念では、「間投詞」に含まれると思います。
私が、いちばん頼りにしている文法書は、「新自修英文典」というやつで、相当古いものですが、この本でも、「間投詞」の説明は、全部で516ページある中で、たった2ページしか説明されていないのです。もっと、深く検討されるべきだと感じます。
また、終わりのところで、First Citizen が、Flavius に向かって、
Why, sir, a carpenter.
といっていますが、「新自修英文典」では、この Why も sir も、間投詞として扱われています。Why の方はそれでいいと思いますが、sir の方は敬関詞として訳した方がいいと思うわけです。
大工である住民が、警備の役人に向かって言うならば、
「もちろん、大工でがす」とか、ふてくされて「みりゃわかろ、でえくだよ」
というのではないかと考えるのですが。
さて、シェークスピアの原本には、この Flavius と次に出てくる Marullus の役どころを tribune としています。護民官と訳されることが普通ですが、この護民官は民主制ローマでの正式な政府機関であり、市中を見回るのはやはり「警備役人」とするのが自然です。
また、その相手として、first citizen , second citizen が出てきますが、この citizen も注意が必要です。シティズンは本来なら、「シティ」、「シテ」の中に住んでいる人たちのことです。「貴族」「僧侶」「高級官僚」などであり、それを市民と呼ぶのが普通です。ところが、内容を読むと、靴職人ですから、「市民」とせずに、「住民」としたほうが自然です。
この住民か、市民か、あるいは別の呼び名かの問題は、シェークスピアですから、英語で考えるべきですが、あるいは、ローマということもあり、ラテン語で考えるべきですが、その中間で、フランス語を参考にします。
都市の中心は、フランス語では「シテ」です。cite ですね。城内と言われます。この城内に住む人が、本来のシティズンというわけですが、貴族、僧侶、官僚などを指します。いわゆる市民よりは、上の階級を指すように思います。
なお、hence の範囲は、このシテの範囲を指すと思います。この場面は、住民どもはこの城内に入るな、と警備役人が制止しているところです。
その周りは、城外となるわけですが、フランス語では「ブール」と呼ばれます。bourg とつづります。そこに住む人たちが、「ブールジョワ」です。町人と呼ぶべきですが、これが市民という感じです。商人が中心で、職人もそこに住んで商品を商人に供給していたはずです。靴職人もいたと想像します。住民と訳すことにしました。
更にその周りは、農地になります。フランス語では、pays ペイです。ペイに住む人が、paysan ペイザン農民ということになります。
ちなみに、このペイとブールの境には、かなり堅固な城壁があったと考えられます。この先読み進むと、敵に囲まれた住民が城壁にのぼって、援軍を待ちわびる場面が出てきます。
ということで、tribune とcitizen を、「警備役人」と「住民」と訳した理由でした。