9番の文にいきます。
'You realize, Stevens, I don't expect you to be locked up here in this house all the time I'm away.
先頭はクオテーションから始まっていますが、対になる閉じクオテーションが、10番、11番の文が終わった後についています。つまり、ファラディ様がスチーブンスに言った言葉は、三つの文になっているのですが、一つずつ読んでいくことにします。
You realize も Stevens も、一般的には「間投詞」と言われているものですが、
私は「敬関詞」と勝手に名前を付けています。「敬関詞(句、節)」とは、
「話し手と聞き手の間の、敬意の程度や、関係の親疎または遠近などを表すもので、主たる文にそれらの意味を添えるもの」と定義します。句は語群、節は文の要素を備えたもの。
訳すときには、
「直接その意味を言葉に置き換えるのではなく、主たる文の中にふさわしい敬語などを使って訳し込む」べきだと考えています。
早速、実際にやってみます。
You realize は、直接訳せば、「あなたは知っている」などになると思います。テレビなどで、インタビューを受けている人物が、「You know」などと言っているのをよく耳にしますが、これも You realize の仲間と考えてよく、直接訳せば「あなたは知っている」となります。
敬関詞として考えると、
「聞き手であるあなたは、そういうことがらをわきまえている人物だと、話し手の私は認識しています」
つまり、「常識人として尊敬しています」という意味を添えているものであると考え、「知っているように」などと直接訳すのではなく、「でしょう」とか「ですね」などと訳した方がいいと考えます。
さらに、Stevens も、相手をそういう名前で呼ぶような親しい、近い関係であることを表しており、そういう関係であれば、日本語の場合はどういう言葉を使うだろうかと考え、その言葉を訳語の中に混ぜ込んで訳すべきだと考えます。
ということで、
「だけどね」とか、「というけどね」
という言葉に訳しました。You realize も Stevens も 直接は訳していません。
次の例を見てください。
This is a book, you know. 本です。
This is a book, sir. 本でございます。
This is a book, little girl. ほんでちゅ。
This is a book, Jack. 本さ。
コンマ以下が敬関詞ですが、訳は、それらを無視した形になっていますが、主文がそれぞれ変化しています。
日本語は、用言が文末に来ており、そこに敬語表現が混ざるという構造で、敬意関係を表すのが普通です。
つまり、日本語は、伝えたい内容のほかに、相手との関係を表現せざるを得ない言葉だということができます。
逆に言うと、相手との正確な関係が確認できないと、正しく日本語で表現できないということです。
英語の言葉の一つ一つを、いちいち日本語に置き換えるだけでは、訳すとは言えないと思います。
'Good morning, sir!' なら、「おはようございます」となり、
'Good morning, Tom' なら、「やあ、おはよう」となるのが、
日本語に訳すということだと思います。。
次に進みます。
I don't expect you to be locked up here in this house all the time I'm away.
「留守の間、ずっと君をこの家に縛り付けておこうとは考えていないよ」
ものすごく丁寧に、ご主人のファラディ様がスチーブンスに話していますが、スチーブンスがそう書いただけで、ご主人はほんとは違う言い方をしたのかもしれません。
ここに、You realize, Stevens, という敬関詞部分の訳を中にはめ込むと、
「といっても、留守の間ずっと、君をこの家に縛り付けておこうとは考えていないんだよ」
you を、「君」とするか、「お前」とするかですが、雇い主とはいえアメリカ人の
ファラディさんが、経験豊富な執事のイギリス人のスチーブンスを呼ぶ場合、やはり「君」の方が適していると判断しました。
こういうところを悩むことが、訳の楽しみだと思います。
この敬関詞(句、節)に関しては、別のところで改めて考えてみたいと思います。