55番です。

 

This might, he appreciated, mean putting sections of the house 'under wraps', but would I bring all my experience and expertise to bear to ensure such losses were kept to a minimum?

 

 appreciate   正しく理解する の価値を認める

expertise   高度の専門知識

bear     持つ 運ぶ 耐える

ensure    保証する 確実にする

 

分解します。

 

1   This might            , he appreciated,

2                     mean putting sections of the house 'under wraps',

3   but would I bring all my experience and expertise

4                       to bear to ensure such losses

5                                                             (that) were kept to a minimum?

 

と、こんな感じになるでしょうか。

構造的には、二つの文が、but でつなげられています。前の文は肯定文、後ろの文は疑問文という組み合わせですが、あまり見かけないですが、これがカズオ・イシグロの技でしょうか。

 

そして、might と would が、仮定法ですね。そこにある事実ではなく、想像したことを書いていることに注意です。

もう一つの動詞 were は、その前に関係代名詞 that を補ってやると、「ミニマムの状態に保つところの損失」となって、その前の不定詞の目的語になるようですが、were 自体は時制の一致で過去形になったと考えても、いいようです。

 

順序が逆ですが、この一番最後の行の説明を続けます。

ここには不定詞が、to bear to ensure と、二つ連続しています。「確実にするために、持ってきた」と、3行目の二つの名詞 my experience and expertise に掛けてやれば、つまり、修飾してやれば、意味が通じます。

 

3行目の、この二つの名詞は、私=スチーブンスの財産である、仕事上のスキルのことですが、「経験と技術」ということですね。

それを、all ですから、「すべてを」bring するのですから、「すべてをつぎ込む」となります。

それが、疑問文になっていて、更に、仮定法で、頭の中で考えたこと、ですから、ファラディさんがスチーブンスに、自分の考えたことを依頼している、この場合は指示していることになるわけです。

すなわち、後半の but 以降をとりあえず訳せば、疑問文ですから

「君が持っているすべての経験と技術を駆使して、損失が最も少なくなるようにしてもらえないだろうか」

となります。

といっても、真正面から疑問文に訳す必要はないかもしれません。

 

さて、前の文(54番)で、ファラディさんは職員の勤務に関して、交代制を考えてもいいと提案してきています。つまり、それだけ労働資源が少なくなることを覚悟しているわけです。したがって、その分労働領域を狭くしておかないといけない、つまり、稼働させられない部分が増えることを理解していることになります。

それを、ラップで包む、といっているのが、スチーブンスですから、びっくりですが、彼は意外とモダンなところもあるのです。

前半の文で、ラップで包み、立ち入り禁止にすることを、 , he appreciated, と、「ご主人様は、正しく理解している」と挿入されているのは、自分の勝手な行動ではないとスチーブンスは、軽く念を押しているわけですね。

 

前半の文は、この挿入部分を除けば、

This might mean putting sections of the house 'under wraps', 

となります。

最初の This は、交代制から導き出される、もろもろの状況全体を指しているわけです。

訳としては「このことから」 あたりから考えていけばよさそうです。

 

2行目は、put が、使役動詞として働いています。「邸館の部分部分をラップで包む」

つまり「邸館の一部分を立ち入り禁止にすること(稼働範囲を狭めること)を意味している」と、なります。

 

それを、ご主人様はお考えであると、スチーブンスは思っていることが仮定法を使って表現されているのですが、英語とは妙に現実と想像にこだわるもんだと、感心します。

もっとも、それは、我々が、敬語を通して、話し手と聞き手の、親疎長幼上下の関係にこだわるのと同じ理由であるわけです。

そういう言葉の流儀の違いが、おそらく民族の考え方の違いとなるのだろうと思うのですが、それをうまく訳に生かす必要があります。

 

ということで、今回の文は、

「ご主人様には、邸館の一部を閉鎖することもご理解いただきましたが、私の今までの専門的経験と知識を総動員して、損失は最小に抑えてほしいとのことでございました」

と訳しました。