1-9です。
Now I had always supposed I had travelled very little, restricted as I am by my responsibilities in the house, but of course, over time, one does make various excursions for one professional reason or another, and it would seem I have become much more acquainted with those neighbouring districts than I had realized.
こんどは長いですね。but も and も出てきています。重文というのでしょうね、とにかく文が三つ以上ありそうです。分解してみましょう。
① Now I had always supposed I had travelled very little,
② restricted as I am by my responsibilities in the house,
③ but of course, over time,
④ one does make various excursions for one professional reason or another,
⑤ and it would seem
⑥ I have become much more acquainted with those neighbouring districts
⑦ than I had realized.
こんな風に分解してみました。
かたちとしては、①②と③④と⑤⑥⑦の三つの文がつながっているわけですね。
それぞれの文中では、主節従節の関係がありますが、この三つは対等の関係ですから、それを訳してくればいいことになります。
①は、now は「今までは」、travelled は「出歩く」ぐらいでしょうか。I had 以下が従属節です。
②は、その理由を述べています。as I am restricted が倒置されていると考えたらいいでしょう。強調されているわけですね。
「今まではいつも私はほとんど出歩かないと考えていた、というのは、邸館での職務に縛り付けられていたので」
です。
スチーブンスは邸館から離れたことは無いように思っていた、すなわち、近所の景色などは見る機会がない、と思っていたようですね。
ところが、そうでもなかったと気がつくわけです。それが③④です。
③は、「しかし、もちろん 長いあいだには」
④の one は、普通ならこういう主語を立てずに、I を主語にして受動態で表現するのでしょう。訳は、受動態能動態を入れ替えて訳す場合もあるようです。
excursion は、接頭辞の ex- が外に行く感じを出しています。ちょっとしたしゃれですね。
「と申しても、長い間には あれこれの理由で 外に行く機会も 案外あったようです」としました。
⑤の and は、単純に「そして」ではなく、「だからこそ」と前の文の状態があったからこそと因果関係を示しています。
主語の it は、もろもろの事情全体を指していると考えたらいいように思います。would は、直接には見えないそういうものを想像していることを示すために、仮定法になっているわけです。「~でいたようです」ということでしょうか。
⑦は、「自分が思っていたよりももっと」で
⑥は、「近所の景色には かなり慣れ親しんでいた」
ということで、
「邸館の周辺の様子については 自分が考えていたよりも もっと 慣れ親しんでいたようで ございました」
とすればどうかなと思います。
で、まとめれば
「今までは邸館での職務に追われていて、ほとんど外には出たことがないと思っておりましたが、やはり長い間にはそれなりに外出する機会もあったようで、考えていたよりたよりずっと周辺の景観には慣れておりました」
としました。