35番の文です。

 

As so often occurs in these situations, I had become blind to the obvious - that is, until my pondering over the implications of Miss Kenton's letter finally opened my eyes to the simple truth:

 

obvious    明らかな 明白な 見てすぐわかる

ponder    熟考する あれこれ考える 沈思する

implication    含蓄 包含 言外の意味

 

これまた長い文です。しかも途中にハイフンでつながれていたりします。最後はコロンで終わっているのは、内容的には次の文も一体なのですが、文法的には切れているからです。

 

まず、ハイフンの前までです。

 

As so often occurs in these situations, I had become blind to the obvious

 

接続詞 As は、When という意味なのですが、When を使わなかったわけは、次に so が出てきますから、as の方が相性がいいということでしょう。「~するとき」ですね。

so often は、「非常にしばしば」ですから、「ほとんど」ということで、副詞です。

occurs はもちろん動詞ですが、三単現の s がついています。ということは、主語は三人称ということになりますね。

そして、主語ですが探しても見当たらないので、it は省略されているのだと見当をつけます。occurs の s とも矛盾しません。

in these situations は、「これらの状況では」ですが、複数になっているのは、こういう状況は、「繰り返し何度も」起きることを表しています。ここは文法的には、前置詞から始まっていますから前置詞句で、副詞の役割をしています。

さて、これ全体は従属節ということになり、訳は「こういう状況ではよくあることですが」という感じです。

注意すべきは、この従属節は、現在形で書かれていることです。本来ならば、「時の一致」という文法的規則があるので、従属節の時制は、主節の時制に一致させなければいけないのです。つまり、occured と過去形にしなければならないところです。にもかかわらず、そういう過去形になっていないのは、occur することが、スチーブンスは自然の法則、真理であり、当り前であると考えていることを表しています。

 

次からは、主節ということになります。

blind と obvious は, 日本語で言う縁語ということになるでしょうか。単なる反対語とは思えない響きの良さを感じます。

the + 形容詞 は、(形容詞)な人 という意味で使われることが多いのですが、ここでは、(形容詞)な事柄 として使われています。文法書には、抽象名詞の代用 などと説明されています。「明らかなこと」とすれば、そういうこと一般を指すように思います。

「明らかなことに、目が眩んでいた」となってしまって、あれこれ考えたことが現れていませんが。ということで、

「明らかなことに目が眩み、見えなくなっていた」と繰り返しておきましょうか。

 

ここまでは、

「こういう状況ではよくあることですが、明らかなことに、目が眩んで見えなくなっておりました」

となります。

 

では、ハイフンの後にいきます。

 

- that is, until my pondering over the implications of Miss Kenton's letter finally opened my eyes to the simple truth:

 

まず、分解して並び替えてみます。

 

 - that is,

                         until my pondering over the implications of Miss Kenton's letter

              finally opened my eyes

                         to the simple truth:

 

となりそうです。

 

that is は、この形で辞書に出ていました。

that is to say = that is で、  1、すなわち もっと正確にいえば 

            2、あるいは 少なくとも

ということです。

ここでは、こう訳さなくても、スチーブンスが言いよどんでいる感じで、「えー」とか「それなんですが」などでもよさそうです。

 

続く、残りの三行ですが、はじめと終わりの行は

until my pondering over the implications of Miss Kenton's letter

ケントンさんからの手紙の含蓄について、熟考するまで

to the simple truth:

きわめて簡単な真実に

で、いいと思うのですが、残りの動詞部分の行がひっかります。

finally opened my eyes

opened は他動詞、my eyes は目的語と考え、「やっと私の目を開かせた」とやると、主語がないことになってしまいます。この案は、バツですね。

これでは具合がわるいので、探し回って、that まで戻ってみると、今度は is が余ってきます。

では、と、is と opened とくっつけて、受動態と考えると、by~ がないことに気がつきます。が、とりあえず that を主語の受け身と考えると、「それが、目を開かせられた」という妙な日本語になってしまいます。この案も、バツですね。

 

では、倒置ではないかぁ、と、おカンが言うので、

ほな、倒置かぁ、ちょっとやってみてよ、

と、やってみると、

「やっと私の目が開いたのでした」と、

これならよさそうです。私たちの目も開いたのでした。

ネイティヴの人がどう読むのかわかりませんが、イントネーションを my eyes で上げれば、主語として聞こえるように思います。

 

ということで、

「こういう状況ではよくあることですが、明らかなことに目が眩んでおりました。もっと詳しく言えば、ケントンさんから手紙が来たことの意味を考えることによって、やっと簡単な真実に気がついたのでございます」

としました。

 

もう一つ考えられますね。もう一度、並び替えを確認すると、

 

 - that is,

                until my pondering

       over the implications of Miss Kenton's letter

                                 (that) finally opened my eyes

                                                                                                    to the simple truth:

と、することもできそうです。

関係代名詞 that を、Miss Kenton's letter の後に補ってやると、

「簡単な真実に、ついに私の目を開かせた ところの ケントンさんからの手紙」

となって、主語(=関係代名詞) 動詞 目的の並び順が自然になります。

 

ハイフン以降を訳すと、

「もっと正確にいえば、ケントンさんの手紙が来まして、その意味を考えることによって、やっと単純な事実に目を開かされたのでございます」

となりました。

 

全部繋げると、

「こういう状況ではよくあることですが、明らかなことに、目が眩んで見えなくなっておりました。もっと正確にいえば、ケントンさんの手紙が来まして、その意味を考えることによって、やっと単純な事実に目を開かされたのでございます」

と、なります。

 

これが自然ですね。