1番の文から復習です  はじめから

1番の文から、あらためて。

 

It seems increasingly likely that I really will undertake the expedition that has been preoccupying my imagination now for some days.

 

これが、書き出しの文ですが、一口には読めないし、つながりがわかりにくいし、大変な文ですが、それがいいのかもしれません。

というのも、大勢の読者がいて、しかも読み始めの読者はそれまではみんなてんでばらばら、それぞれが違ったことをしていたわけで、それはすなわち興味のありようが違うことを意味しています。一冊の同じ本に向かったとしても、気持ちはばらばらです。

そんなばらばらな気持ちを、一気に物語に集中させるためには、読者の方が少しは考えなきゃいけない文章で始めるというのは、うまい手だと思います。

しかも、話しているのは、この本の主人公のスチーブンスですが、こういう話し方が口癖なのか、職務上の立場がそうさせるのか、そんなことも読者にそれとなく植え付けているようで、なかなか心憎い書き出しだと思います。

 

seem      のように思われる のように見える であったらしい

increasingly   ますます だんだん

likely      ありそうな 起こりそうな 

undertake    引き受ける を始める に着手する

expedition    遠征 探検 旅行 遠征隊 探検隊

preoccupying   < preoccupy  夢中にさせる 先にとる 占有する

imagination   想像 夢想 空想 妄想 考え

 

単語はこれくらいですね。

 

文の構造を見てみましょう。

 

It seems increasingly likely that

        I really will undertake the expedition

                that has been preoccupying my imagination

                       now for some days.

こんな感じになるでしょうか。

 

It は、形式主語というやつだと思います。本当の主語は that 以下、つまり二行目以降の内容です。

形式主語というやつだ思いますと書いたのは、強調構文も、It  ...  that ...  という形になり、形からは区別ができないからです。

ここはどっちだろう。

 

「that 以下のことが、だんだん起こるように見えてくる」 か、

「だんだん起こるように見えてきたものは、that 以下のことです」   かが、

直訳ですが、普通の方でよさそうですね。

 

 さて次の、really will undertake ですが、will は、未来形で、現在ではなく、未来のことを意味しています。

未来のことは、実は目の前にはない世界で、頭の中で想像している世界ですから、本当は、頭の中で考えたことをあらわす仮定法で、つまり、would で書かなきゃいけないところです。

それなのに、will という直説法で書かれているというのは、絶対に目に前に実現させるという強い意思を表しています。このことが、will は、意志未来と呼ばれている理由になっているわけですが、話し手スチーブンスは、行きそうになってきたと言いながら、行く気まんまんなのです。となると、強調構文でもいいかな。

 

三行目の that は、関係代名詞で、先行詞は the expedition です。

で、どういう the expedition かというと、

「このところ何日か、私の頭を占めていた考えであるところの」

the expedition で、

「そういう視察旅行が間違いなく実現するということ」が、

increasingly likely に seems 見えてくるというのです。

こういう柔らかな表現とともに、will という確固たる意志をあらわす言葉を同時に使うスチーブンスの如才なさがよく感じられるというのが、

カズオ・イシグロの書き方のうまいところかもしれません。

 

というところで、

「やはり行った方がよろしかろうと思えてきたのでございます。

つまり、このところ何日か、頭から離れなかった視察に出かけることでございますが」

と、まとめました。