176番です。

 

but bantering is of another dimension altogether.

 

前の文はセミコロンで終わっていました。つまり、この文は前の文の一部、つまり続きというわけです。ということで、小文字で始まっています。

 

それはともかく、ここでは of が表していることが重要ですね。

辞書を見ると、前置詞 of は、

所属 所有  の、 に属する  の所有している

記述     の性質を持つ

同格     という

限定     についての

分離     から  を

根源     から

材料・構成要素 で作った から成る

などが書いてあります。 

ここでは、材料とか根源とかが近いでしょうか。

 

ということで、

「冗談を言うというのは、全く次元の違うことでありますまいか」

としました。

 

 

 

175番です。

 

It is all very well, in these changing times, to adapt one's work to take in duties not traditionally within one's realm;

 

セミコロンで終わっています。内容は次の文に続くのですが、ここでいったん切っておきます。

 

It は形式主語ですね。真の主語は、to adapt one's work です。

「誰かの仕事に適合させることは、非常に良いことです」

となります。

何を適合させるのかというと、duties ですが、これには条件が付いていますね。

それが not traditionally within one's realm; というわけで、その内容は次の文176番で説明されるはずです。お楽しみに! 

さて、not traditionally within one's realm は、結局は「今までしてこなかったこと」となるのですが、誰かの仕事としては伝統的ではなかったこと、とスチーブンスは書いています。

ところで、そんなに冗談を言うことが苦痛なのですかね。イギリスの執事というのは、まっすぐしかめっ面で立っているだけなのかと思ってしまいます。こういうことが威厳とか権威につながることなので、ろくなことにはならないと思うのですが。

もっとも、多少は気が咎めているようで、in these changing times と気を使ったふりはしています。

 

ということで、

「このどんどん変わっていく世の中で、今までの仕事のやり方に今までにはなかったやり方を取りこんで適合させていくことは、非常に良いことです」

としました。

 

 

174番です。

 

But I must say this business of bantering is not a duty I feel I can ever discharge with enthusiasm.

 

この文も短めで助かります。途中、bantering の後ろに関係代名詞 that もしくは which が略されています。と言い出すと、I feel や I can の前にも that が省略されていることになります。

関係代名詞を補うと、それを区切りにしてそれぞれが一つの文になり、その文ごとに動詞が一つずつ備わっていることになります。英語の基本的ルールが満たされているわけです。

 

ちなみに、省略されているものを補って、分解してみると、

But I must say this business of bantering

                                        (that) is not a duty

                                                   (that) I feel

                                                      (that) I can ever discharge with enthusiasm.

となります。

 情熱をもって尽くすことができるところと

 感じられるところの

 義務ではないところの

 冗談を言うという仕事というべきです。

関係代名詞を「ところと」とか「ところの」と日本語ではその次にくる言葉、つまり用言か体言に合わせて、連用形か連体形かに変化させてつなぐことができます。英語では関係代名詞のthat か which を使うわけです。

 

というところで、まとめると

「しかし、この冗談を言うことが情熱をもって尽くすべき職務だとはどうしても感じられないのでございます」

としました。

 

 

 

 

173番です。

 

This is, as I say, a matter which has given me much concern.

 

これは分解の必要はなさそうですね。

which が関係代名詞で、先行詞は a matter です。つまり、「このこと」を改めて後ろから修飾しているということです。

この後ろから修飾するという事実は、英語のクセですね。

これに対し日本語は、前から修飾するというクセがあります。修飾する言葉が長いと修飾する言葉がなかなか出てこないということが起こり、何を修飾しているのかわからないとなりますが、英語だって修飾する言葉が長ければ、それと似た事態は起きているはずです。

 

「このことは、私に、大きな関心を与えたところの、事柄です」

と直訳できます。その途中、あるいは先頭に、as I say の部分を挿入すればいいわけです。先頭の方がおさまりがいいようです。

 

ということで、

「要するに、このことは私に突き付けられた重要課題でございました」

とします。 

 

教室では、

「いまはこれが私に一層懸念をもたらすことなのです」

との訳が出ました。

 

ということで、もっと思い切って

「実を申せば、このことが頭から離れないのでございます」

としました。

 

 

172番です。

 

It is quite possible, then, that my employer fully expects me to respond to his bantering in a like manner, and considers my failure to do so  aform of negligence.

 

この長さならと思いますが、まず分解してみます。

 

It is quite possible

, then,

that my employer fully expects me

                                          to respond to his bantering in a like manner,

                              and considers my failure

                                          to do so a form of negligence.

 

It は仮主語で、that 以下が真主語という構造です。

その that 以下の中身は、対句になっています。カズオ・イシグロは対句が好きですね。

my employer が主語ですが、動詞は二つです。expects と considers です。三単現の s がありますね。等位接続詞 and で結ばれています。

me と my failure が、それぞれの目的語で、続く to respond と to do の不定詞句が、それぞれの目的語の目的補語となっているのです。並べて書くと、

 主語     動詞  目的語   目的補語

my employer    expects        me               to respond    to his bantering 

                                                                                       in a like manners     

               and

                         considers     my failure    to do        so a form of negligence.

となります。

 

構造が分かれば、気が楽になります。が、意味としては、原因と結果、というようなところがあるので、訳し方は工夫がいりますね。

その上、a form of negligence (直訳は、無視の形)の否定語の使い方に気を使いますね。つまり、~ない、とするか、無~、とするかということですが。

 

ご主人様は、私が同じ冗談を返してくることを望んでいた、

(ことを、私は、よくわかっていたが、そうせずに、)

無視の形をとっていたことを 私の落ち度と 考えになった

ということは、全くありうることです。

と、直訳できます。

 

結局、ふたつの文を結んでいる接続詞 and の処理の仕方に工夫がいるようです。

この接続詞は、同じ形のものをつなぐのですが、ここでは形は同じでも、意味の上では原因と結果という従属的なものをつないでいます。それで、訳が落ち着かないのです。

「のに」とするのが自然ですね。

 

そこで、 

「ご主人様は、私が同じ気持ちの冗談を返してくることをお望みで、それなのに、完全に無視するような形をとるのが、私の怠慢であるとお考えになった可能性がございます」

としておきます。

 

教室では、

「おそらく、ご主人様は同じように冗談を返すことを望んでいらしたのに、そうしなかったのは私の落ち度であると思われているのではないでしょうか」

との訳が出ました。

 

 

 

 

171番です。

 

And I recall also some years ago, Mr Rayne, who travelled to America as valet to Sir Reginald Mauvis, remarking that a taxi driver in New York regularly addressed his fare in a manner which if repeated in London would end in some sort of fracas, if not in the fellow being frogmarched to the nearest police station.

 

長いけれど、順序良く修飾されている文のようです。まずは、分解してみることですね。

 

① And I recall also some years ago,

② Mr Rayne,

③ who travelled to America as valet to Sir Reginald Mauvis,

④ remarking

⑤ that a taxi driver in New York regularly addressed his fare in a manner

⑥ which if repeated in London would end

⑦                                               in some sort of fracas,

⑧                                      if not

⑨                                               in the fellow

⑩           being frogmarched to the nearest police station.

 

①から④までが主節で、文型としてはSVOCです。⑤以下が従属節ということになります。

主節の主語は、I で、動詞が recall 、目的語が Mr Rayne 、目的補語が remarking ですが、その間に Mr Rayne を説明する語句が挿入されています。

注意しておくことは、recall は現在形だということです。いま思い出しています、ということで、思い出している内容はもちろん過去の出来事です。

「さらに、レインさんが、レジナルド・モーヴィス卿のお供でアメリカに渡ったとき、言っていたこと、も思い出します」となります。

レインさんとしましたが、レイン君の方がいいかもしれませんね。

教室では、「レイン」と呼び捨てがいいのではないか、との意見が出ました。なるほど、と思います。近しい人は、君とかサンとかつけずに呼び捨てが普通かもしれません。

 

渡ったとき言っていたこととは、 that 以下⑤⑥⑦⑧⑨⑩となるのですが、アメリカでのタクシーの運転手の口のきき方についてです。

 

⑤は、「ニューヨークのタクシーの運転手は、料金をいつでも~のような言い方で知らせる」ですが、

~の部分は⑥以下ということになりますが、どんな言い方かというと、それが二っ書いてあります。それが、⑦と⑨ですが、ありきたりの or ではなく、if not で結ばれています。

⑥は、manner を説明して、後ろから修飾していますが、which は関係代名詞で、その先行詞が、⑤の文の終わりの manner です。主語としての which の動詞は、would end で、仮定法の形になっています。つまり、スチーブンスがそういったケースを想像して表現しているということです。

 

その前に、⑥の end と ⑦もしくは⑨のin は、~となって終わる、ということですが、こういう熟語としてあるかもしれません。

いずれにせよ、ふたつのケースが if not で結ばれているわけです。

 

in は前置詞ですから、その次に来るのは名詞なのですが、

「大ごとに 終わる」、とか、

「縛り上げられた奴に 終わる」、としても間違いではないのでしょうが、

「大ごとに なって 終わる」、なり、

「縛り上げられた奴に なって 終わる」のように、用言の「なって」を挟む方が日本語らしいと思います。

⑨に関しては、⑩が現在分詞で、受動態の形で修飾しています。

「縛り上げられて近くの交番につきだされる奴」となって 終わる

というわけです。

 

ということで、呼び捨てで訳すと、

「さらに、レインが、レジナルド・モーヴィス卿のお供をしてアメリカを旅行中のことを言っていたことも思い出します。ニューヨークではタクシーの運転手が、料金を告げるとき、乱暴な口調でものを言うが、もしそれをロンドンでやろうものなら、運転手はその場でこっぴどく叱られるか、引きずり出され縛られて交番に突き出されるか、しかないとのことでした」

としました。

 

 

  

 

170番です。

 

In fact, I remember Mr Simpson, the landlord of the Ploughman's Arms, saying once that were he an American bartender, he would not be chatting to us in that friendly, but ever-courteous manner of his, but insead would be assaulting us with crude references to our vices and failings, calling us drunks and all manner of such names, in his attempt to fulfil the role expected of him by his customers.

 

長い文です。分解しなくては・・・。

 

① In fact,

② I remember Mr Simpson, the landlord of the Ploughman's Arms,

③                    saying once

④                         that were he an American bartender,

⑤                            he would not be chatting to us

⑥                               in that friendly,  but ever-courteous manner of his,

⑦                           but insead would be assaulting us

⑧                               with crude references to our vices and failings,

⑨                                  calling us drunks and all manner of such names,

⑩                               in his attempt to fulfil the role

⑪                                                              expected of him by his customers.

 

今は地元でパブを経営しているシンプソンさんが、アメリカでバーテンダーとして働くならば、と仮定した働きぶりについて言っていたことを、スチーブンスが聞いて覚えていることを、今書いているようです。

「イギリスのこの店のように、お客を立てるような口調で話すことはないばかりか、お客の振る舞いにケチをつけるように、酔っ払いとか飲んだくれとからかうくらいに怒鳴った方が喜ばれるんだ」とシンプソンさんが言ったようですね。

聞いたことでもあり、また、シンプソンさんがアメリカでバーテンをするならばと、仮定したことなので、仮定法で書かれています。

それが④の were と⑤と⑦の would です。

要するに、見ていないこと、聞いたことを、改めて伝えるとなると、こういう表現になるということなのです。この原理が分かれば、あとはそのように言葉を日本語に置き換えていけばよさそうです。

それともう一つ注意すべき点があります。

伝聞を読者に伝えているのですから、いわゆる関節話法というもので書かれています。his とか us とかの代名詞が具体的に誰を指しているのかに用心するべきですね。

 

さて、前の文は、

「というのも、アメリカでは雇われ人が気のきいた冗談で応えるのは、それも仕事のうちであると考えられているように思ったからでございます」

でした。それを受けて①なのですから、

「確かに」とか、「現実に」と、受けて、発言を展開していけばいいように思います。

「確か」だけでもいいかもしれません。

 

②③は、間にthe landlord of the Ploughman's Arms,がシンプソン氏の肩書として入っていますが、SVOの文型で、そのOが④以下⑪までの伝聞の内容というわけです。

  

ここまでは、

「確かに『農民剛腕屋』の主人のシンプソンさんが、かつて~とおっしゃっていたことを覚えています」

となります。

 

いよいよその伝聞の内容ですが、④以下を再掲すると、

④                         that were he an American bartender,

⑤                            he would not be chatting to us

⑥                               in that friendly,  but ever-courteous manner of his,

⑦                           but instead would be assaulting us

⑧                               with crude references to our vices and failings,

⑨                                  calling us drunks and all manner of such names,

⑩                               in his attempt to fulfil the role

⑪                                                              expected of him by his customers.

となっています。

 

④は、that were he an American bartender, となっていますが、倒置されて接続詞 if が省略された形になっています。

that if he were an American bartender, という語順が順当で、補った if 以下文末までの内容がまるまる that の内容で、それが③のsaying の目的語(節)になっているわけです。

これが、仮定法でなければ、

that when he was an American bartender, となっていたはずで、

彼がアメリカのバーテンだった時に、

と、シンプソンさんはちゃんとアメリカにいたことになります。

 

④を訳せば、

「彼がアメリカでバーテンをするならば」

ですが、間接話法の主語と今読んでいる読者との距離感がポイントです。

 

⑤では、us が誰かをはっきりさせておきましょう。

「我々」でいいのですが、もっと狭く考えるとシンプソンさんがバーテンをする時に目の前のカウンター越しに対面しているお客さんのことです。

「お客には、・・・とは話さない」となります。

 

では、どんな調子で話すかというと、それが⑥の in that friendly,  but ever-courteous manner of his,ですね。

in は、様子や雰囲気を表す前置詞で、but は except の代わりに使われているようです。

前の行⑤に、not があるので、このbut と組ませたくなりますが、慌ててはいけないようです。⑦のbut と組み合わせて、~ばかりでなく~で、とする方が順当です。

「そこまで丁寧ではないものの、親しげな調子で」話すことはなかった、となります。

friendly とか ever-courteous とかは、どんな日本語に訳したらいいのか、頭を悩ますところです。しかも、否定形が入っているとがぜんややこしくなるものです。

 

続いて、組み合わさる方の⑦の but です。そんな穏やかなものの言い方じゃなくて、もっとぞんざいに、もっとお客をアホ扱いにして話す、ということを言っているようです。

「お客を咎めるように」です。

 

これに、⑧の前置詞句がかかっていて、状態を説明しています。

「お客の作法違反や失敗を」からかうのですが、その作法というのは自分たちバーテンが勝手に作った流儀であって、お客の側からすれば、いちいち言うことじゃないことにこだわる、という状態が許される空間だというところがミソです。

つまり、カウンターのむこうとこっち、どっちが客だ、ということです。

⑨は、「酔っ払いだの、その手のいいまわしで」となります。飲んだくれ、あたりもありますね。へべれけを入れた言い回しもありそうです。

 

⑩は、「職務をまっとうする目的で」と直訳でき、

⑪は、先頭に関係代名詞の that または which を補えば、先行詞は⑩の role になり、それを修飾しているという構造です。

「お客から期待されている職務をまっとうする」となります。

 

というところで、つなぎ合わせると、

「農民剛腕屋という店の御主人のシンプソンさんがこんなことを言っていたのを思い出します。彼がアメリカでバーテンをするならば、お客様に向かって穏やかに親しみを込めた口調で話すのではなく、むしろ、お客の不慣れや戸惑いをからかい、酔っ払いとか飲んだくれとからかうように話すことが期待されており、それを果たすことが職務だと申しておりました」

としました。