156番です。

 

In fact, during my first days under Mr Farraday, I was once or twice quite astouned by some of the things he would say to me.

 

それほど長い文ではありませんが、分解してみます。

 

① In fact

②                , during my first days under Mr Farraday,

③            I was once or twice quite astouned

④                   by some of the things

⑤                                            (that) he would say to me.

 

このように分解しました。

③④が文の中心です。

①は、前置きで、②は時間的な状況を説明しています。

⑤は、he の前に関係代名詞 that を補ってみると、things に繋がり、それを説明していることが分かります。ただし、would は仮定法ではなく、時制の一致で、未来形の will が③の動詞 was の過去形に一致していることになります。

ファラディさんが言おうとしていたことは、その時に表現するならば未来のことなので想像です。つまり仮定法を使うことになるのですが、今スチーブンスはその時を回想しているわけで、それはもう想像ではなく過去の事実ですから、直説法で書くことになります。ということで、この would は未来形の will の過去形というわけです。

 

①は、「事実は、」とかで切り出せばいいですが、他には「例えば、」とかでもよさそうです。

②は、「ファラディさんが新し雇い主になって、しばらくの間」ということですね。このことが、挿入されています。

③は、この文の本体ですが、「一度か二度驚かされた」で、「驚かされたのは一度や二度ではありません」とするのもいいかもしれません。陣になられて

④は、その驚いた理由になるのですが、「あることによって」で、それが⑤です。

⑤は、意志未来の過去形で、「言おうとなさっていた」ことです。過去のその時点では未来のことだったのです。

 

まとめれば、

「実際に、ファラディさんがご主人様になられて間もないころは、おっしゃられることで驚かされたことは一度や二度ではございません」

となります。

 

 

155番です。

 

Indeed, to put things into a proper perspective, I should point out that just such bantering on my new employer's part has characterized much of our relationship over these months - though I must confess, I remain rather unsure as to how I should respond.

 

長い文ですが、前から切れ目ごとに読んでくれば、スチーブンスが言っていることは分かってきます。ただし、そのことはスチーブンスのことではなくて、ファラディさんが考えていることです。それをスチーブンスが見当をつけて言っているのです。そのため、I should point out と仮定法になっています。

 

とりあえず分解します。コンマと関係詞で分けていきます。

 

① Indeed,

②         to put things into a proper perspective,

③ I should point out that

④         just such bantering on my new employer's part has characterized

⑤               much of our relationship over these months

⑥ - though I must confess,

⑦ I remain rather unsure as to how I should respond.

 

こんな風になります。、

⑦の as to は、熟語のようですね。辞書には、as to = about ~については、と出ています。前置詞の代用というものですね。

⑥をよく見ると、先頭に「 - 」があります。このハイフンは、その前の部分の注釈、あるいは付け加えというもので、文法的には独立した構造のものです。

⑥を含めて、これを先に訳してしまうと、

「告白しなければなりませんが、どう反応すべきかについては、いまだに確信が持てません」という直訳になります。

how I should respond で終わっていますが、そのあとに to his banterings あたりを補ってやるといいと思います。スチーブンスが言うようにするならば、

「正直なところ、(ご主人さまの冗談に)どうお応えしたらよいのか、よくわからないのでございます」

となりそうで、この訳を後ろにくっつければいいですね。

「正直なところ」は、「困ったことに」とするのもいいかもしれません。

 

⑥⑦が、後追い注釈部分とすれば、①②は、前置き注釈部分ということになりそうです。

 

①は、

「確かに」

でいいですね。

相手の反応を予期して、それをあらかじめ発言の中に織り込んでおく、ということは、討論的なやり取りの中ではよくあることですが、スチーブンスのように八方に気を配らなければならない立場なら、なおさらです。

②は、直訳は

「事柄を正しい遠近感の中に置く」

となるのですが、パースペクティブとは、構図とか背景とか、あるいは視界と考えればよさそうです。つまり、そういうものを見ている、その景色のことですから、

「落ち着いて見てみれば」

というように、英語ではパースペクティブという名詞を、日本語では動詞として訳すとおさまりがいいように思います。

 

残りの③④⑤が、文の中心になりますね。

should が仮定法で、スチーブンスがファラディさんの心中を推し量っていることを表しています。would や could ではなく、should なのは、想像ではあるものの確信の程度が高いことを表しています。

「that 以下のことは、言っておかねばなりませんが」

です。

 

で、何が言いたいのかが、④⑤です。

この④⑤はひお関係でとつながりの文ですが、ブログの幅の都合で二行に分けたものです。SVOの文型で、

Sが、just such bantering で、on my new employer's part が修飾の前置詞句、

Vが、has characterized

Oが、much of our relationshipで、over these months という前置詞句が副詞的に働いて時間的な経過を表しています。

 

Vの has characterized は訳しにくいですが、「性格づけられた」は、そういうことが目立つ、と考えたらよさそうです。目的語を含めて考えると、

「ここ数か月、我々の間では、~が、目立っていた」

となります。

~が、というのが、主語④というわけで、

「新しい雇い主の側の、あの、例の冗談、が」

となり、まとめて、

「ここ数か月、我々の間では、新しい雇い主のああいう冗談が目立っていた」

となります。

「ファラディさんの冗談の多い発言」

というようなことでいいと思います。まとめれば、

「ここ数か月間私たちの雑談では、ファラディ様の発言のこのような冗談が目立っておりましたことを申し上げておかねばなりません」

としたらどうでしょうか。

 

全部まとめると、

「確かに、落ち着いて眺めてみれば、ここ数か月間私たちの雑談では、ファラディ様の発言のこのような冗談が目立っておりましたことを申し上げておかねばなりません。困ったことに、どうお応えしたものか、さっぱりわからないのでございますが」

としました。

 

 

 

154番です。

 

he was, I am sure, merely enjoying the sort of bantering which in the United States, no doubt, is a sign of a good, friendly understanding between employer and employee, indulged in as a kind of affectionate sport.

 

前の文がセミコロンで終わっていたので、この文は小文字で始まっていますが、文法的には独立しています。つまり、これだけを考えればいいのですが、内容的には、前の文を補足しています。

 

例のごとく分解をしてみます。

挿入部分を取り除く感じで分ければいいのですが、・・・

 

① he was

②                    , I am sure,

③      merely enjoying the sort of bantering

④         which in the United States

⑤                    , no doubt,

⑥         is a sign of a good

⑦           , friendly understanding between employer and employee,

⑧         indulged in as a kind of affectionate sport.

 

こんな風に分解できました。②、⑤、⑦が挿入部分で、意味を補っているのですが、構造的にはなくてもいい部分です。

 

注意すべきは、⑥の good です。

これは名詞で、「良さ」ということです。それに冠詞の a がついて、その後から⑧の過去分詞の形の形容詞が修飾しているというものです。

⑥は「良さのしるし、である」と訳せ、どういう良さかというと、⑧のaffectionate なスポーツとして許容されている、良さですよ、となるわけです。

その⑥と⑧の間に、⑦が挿入されていたのです。

⑦は、friendly という形容詞から始まっていますが、これは understanding にかかっているもので、ごく普通の形容詞です。

肝心なのは understanding で、これは動名詞なのです。good と同格のものとして、⑦は挿入されていることになります。good を、もう少し詳しく、限定して、説明しているわけです。

「雇い主と雇われ人の間の友好的な理解としての、良さのしるし、」

となるわけです。

 

この⑥⑦⑧の部分が、④の which の述語部分となっています。which は関係代名詞ですが、④⑥⑦⑧においては主語となっており、①③の部分については、bantering を先行詞として、意味を修飾しているのです。さらに、それぞれの部分に②と⑤が挿入されているというわけです。

 

①に戻りましょう。

①③が、この文の骨格で、

「彼は、冗談の掛け合いを単に楽しんでいた」

ということで、そう言う風にスチーブンスが思っていたのです。

he はもちろんファラディさんですから、

 「ファラディ様は、単に冗談の掛け合いを楽しむおつもりだったのです」

となりそうです。

 

そのあとに、④⑤⑥⑦部分の訳を続けていきます。

 

「それは、アメリカでは雇い主と雇われ人の間の友好的な理解としての、良さのしるしというべきものでございます」

 としましたが、もっといい訳が間違いなくありますね。

どうすればいいでしょうか。

 

 

 

153番です。

 

Embarrassing as those moments were for me, I would not wish to imply that I in any way blame Mr Farraday, who is in no sense an unkind person;

 

セミコロンでおわっていますから内容的には次の文に続くわけですね。ただし、文法的にはこの文だけで完結しています。

 

まず分解してみます。

 

① Embarrassing as those moments were for me,

② I would not wish to imply that

③                             I in any way blame Mr Farraday,

④                                                    who is in no sense an unkind person;

 

このように分解できるでしょうか。

 

①の were と②の would が、仮定法の形で呼応しているように見えます。

が、表現されている内容は過去の時点での事実とも考えられる事柄で、直説法の過去形で表現できるものです。それは時制の一致ということで、仮定法と考える必要はないものです。

ただし、動揺というものは目には見えないわけで、そういうものを感じるのは頭の中の意識の働きだと考えれば、これは仮定法とも見れます。

直説法のような、また仮定法のような、というところで、どちらともとれるような中間の気分を表しているのだなと考えておくのがいいように思いますが、as が今度は気になりますね。 

そういうところで ①は、普通の形に書きかえれば、

As those moments were embarrassing for me,

となり、as の役割もはっきりします。原因結果の訳を付ければ、ので、とか、だからを入れればいいことになります。

ということは、those momennts という複数形に対応した過去形の were と、祖の過去形に一致させた意志未来 will の過去形 would という組み合わせであったわけで、仮定法ではないのですね。

those moments が主語で、were が動詞の過去形、embarrassing が補語という、SVC の文型です。

時間が動揺していました、という直訳になるのですが、動揺しているのは時間ではなく、本当はスチーブンスの気持ちです。

穴があったら入りたい、とか、消えてしまいたい、けれど、その場にいて旅行の許しを得なければならないし、さらにガソリン代の件も言質が欲しい、ということで消えるわけにはいかないし、時間がたつほど動揺が大きくなるというところです。

 

②は that 以下を吹き込もうとはおもっていない、ということですね。

 

③と④は、同じ形の in any way と in no sense を挿入して強調しながら形を整えています。対句っぽくなっています。

挿入したものを取り除くと、文が見通しやすくなります。

I blame Mr Farraday who is unkind person.

who という関係代名詞の一番最初の例文にありそうな文になりました。

これに取り除いた前置詞句をいれて強調すればいいわけです。

 

まとめて、

「ファラディ様が、いかなる意味でも思いやりのない方であると、非難する気持ちはこれっぽっちもありません」

ですね。

 

というところで、

「当惑したのでございますが、だからファラディ様は思いやりの気持ちをまったくお持ちでない方だと非難しようとはぜんぜん思いません」

としました。

 

 

152番です。

 

I therefore continued to stand there awkwardly, waiting for my employer to give me permission to undertake the mortering trip.

 

文の構造としては、複雑ではないようです。とはいえ、まず分解してみます。

 

I therefore continued to stand there awkwardly,

waiting for my employer to give me permission to undertake the mortering trip.

 

やはり、複雑ではありませんでした。

普通の文に、分詞構文による記述が付加されている、という構造です。

 

分詞構文というと物々しいですが、~しながら、ということですね。

 

therefore は、bacause ほどではないものの、理由や原因をいいたいというときに使われるようです。ここでは、そのまま、とか、だから、とかあたりでよさそうです。

 

awkwardly は、きまずく、不器用に、と辞書にはでていますが、居心地悪く、とか、やり場がない、という感じですね。消え入りたい、ともスチーブンスは思っているかもしれません。

 

continued to stand は、立っていることを続ける、わけですが、たちつくす、とか、たちすくむ、という複合動詞が当てはまりそうです。

 

ということで

「そのまま、わたしはいたたまれない気持ちで立ちすくんでおりました」

としておいて、つぎです。

 

つぎは、現在分詞を使った分詞構文になっていますが、to wait と不定詞にしてももちろん大丈夫なところです。が、現在分詞の方が、動作が続いている感じが、よりはっきりするかな、ということです。

 

「ご主人様から、自動車旅行のお許しが出るのをまちながら」

となりますね。

 

まとめれば、

「わたしはそのままそこに、いたたまれない気持ちで立ちすくんで、ご主人様から自動車旅行のお許しが出るのを待っておりました」

となります。

  

 

151番です。

 

  Naturally, I felt the temptation to deny immediately and unambiguously such motivations as my employer was imputing to me, but saw in time that to do so would be to rise to Mr Farraday's bait, and the situation would only become increasingly embarrassing.

 

気持ちというか思惑にずれが生じたときは、こういうことになるということでしょうね。

長い文ですが、構造はそんなに複雑ではないようです。さっそく分解してみます。

 

①  Naturally, I felt the temptation to deny

②                          immediately and unambiguously

③                                                               such motivations

④                                             as my employer was imputing to me,

⑤              but saw in time    that to do so

⑥                                          would be to rise to Mr Farraday's bait,

⑦ and the situation would only become increasingly embarrassing.

 

こんな具合でしょうか。

文の基本構造は、つぎのようになっています。

①と⑤で、I 私(スチーブンス)が felt したと同時に saw したのですが、それらは逆説の接続詞 but でつながれています。

そういう現象的には何の動きもなく、時間だけが過ぎていくあいだに、and でつながった⑦が続きます。

動揺というか、気まずさだけが膨らんでいくにもかかわらず、それに対して手の打ちようがないという状況ですね。

スヌーピーの漫画なら、絵のどこかに sigh が出ている感じでしょうか。

 

さて、①②③はSVO の文型で、to deny 不定詞は後ろから the temptation にかかっています。形容詞用法とでもいうんでしょうね。

動詞としての deny の目的語が、such motivations というわけです。

そして、その否定の様子が  ② immediately and unambiguouslyという二つの副詞で表現されています。

というところで訳せば、

「自然に、そのような動機はないと、直ちにきっぱりと、否定したい誘惑にかられた」

となります。

 

④は、③の動機を説明しています。as は「のような」で良さそうです。普通なら、which という関係代名詞を使うところですが、as という関係代名詞を使って、そのものというより程度を表しているところが、描写の神経がこまやかと思います。

いずれにせよ、

「ご主人様が私に感じたような」

と前の such motivations にかかっていきます。

 

で⑤番ですが、in time に(同時に)that 以下を saw (分かった)したことになります。

that to do so は、to do so という不定詞が後ろから that にかかっています。

「そうするというあのこと」になり、saw の目的語であると同時に、⑥の would be の主語になっています。

つまり、that は関係代名詞ということですが、その周辺に修飾の単語がないので、かえって用心してしまいますが、その必要はなさそうです。

that よりも、to do soという不定詞がダイレクトに主語になっている方に気を付けるべきですね。いつものスチーブンスなら仮主語 it を使うのでしょうが、それをやると that が必要になり、先ほどの that とともにthat だらけになってしまうので、それはやめにしたという感じでしょうか。

ところで、would は、もちろん仮定法で、心の中で思ったことですが、外見的な形には現れないこういう事態は現実に進行しているわけです。こういうところが、英語のクセで、それが英語ネイティブは面白いと思っているということを、私たちは面白いと思わないかんのでしょうね。

 

それが⑦ですが、

「状況は、ただただ動揺が広がったのだけでありました」

となります。

二人とも固まってしまって、何も言わず、外見に見える動きは何もなく、心の内を想像するのみ、ということで、想像を表現する仮定法をつかうわけで、その印の would が入るというわけです。

動揺としましたが、スチーブンスの側からならそういうことですが、ファラディさんから見れば。冗談が通じず、白けてしまっているわけです。本文は、situation となっていますから、両方から見ての状況なわけで、気まずさ、あたりがいいかもしれません。

 

ということで、

「もちろん、すぐさまきっぱりとご主人様がお考えになっているような動機などはないことを申し上げたい気持ちになったのは当然でございます。と同時に、そうすればますますご主人様の気持ちに油を注ぐことになると分かっておりました。そのまま、気まずさだけが大きくなっていったのでございます」

としました。

   

 

150番です。

 

But then I really don't know it's right for me to be helping you with such dubious assignation.'

 

ファラディさんのセリフの続きですね。文末にアッポストロフィの片割れがあります。それほど複雑ではないようですが、分解をしてみます。

 

① But then I really don't know (that)

②                     (that) it's right for me

③                              to be helping you with such dubious assignation.'

 

こんな感じになりますね。

前の文は、若さの秘訣かな、と、ファラディさんはスチーブンスをおだてていました。それはもう冗談路線にはいっていることを意味しています。その延長線上のセリフです。

若さの秘訣なのですから、一般的には、じゃあ、見習うことにしよう、となってここで終わりですが、ファラディさんはチャンスを見逃しません。その程度では勘弁してくれないところがアメリカ人ということでしょうか。そうして見逃さないとどうなるかがこの文です。

 

1行目の終わりと1行目の始めに that を補ってあります。この that は同じものなので、二つ書く必要はありません。が、①と②では、文法的役割が違っていますので、二か所に同じものを補ったというわけです。

同じものだけど、文法的役割が違うというのが、関係代名詞のなかに「関係」という言葉が使われている理由です。

1行目の終わりにある thatの文法的役割 は、他動詞 know の目的語になっていることです。

「それを思わない」とか「そんな風には思わない」と、なりそうです。

2行目の始まりにある thatの役割 は、it's 以下文末まで全体の内容を指す代名詞になっています。

「そのようないかがわしいおぜん立てに私が手を貸すことが正しいこと」となります。

that を仲立ちさせると、

「そのようないかがわしいおぜん立てに私が手を貸すことが正しいこことは、思えない」となります。

一つの that が、それぞれの文で違う役目を果たしています。一つの言葉で二つの役目を兼務しているものを、文法用語では「関係代名詞」というわけです。

ところが、その名前から受ける印象ほど、内容的な意味では重要な役目をしているわけではないところが弱みです。

どちらかというと、文法の顔を立ててやりたいけど、内容の顔を考えると、あってもなくてもいいね、ということになって、結局、この関係代名詞 that は省略されてしまうことが多いのです。

ここでは、省略されてしまっています。

この点、日本語では、連用形とか、連体形とか、用言体言に直接結びつくことができる活用形を持っているので便利だと、私は思っています。

 

②③は、一つの文ですが、it は仮主語で、新主語は、to be helping you です。

「そのようないかがわしい企てに手を貸すことが正しい」となり、

その内容をthat で受けておいて、そのthat は省略しているわけです。

 

ということで、

「それにしても、そういう企てのおぜん立てに私が手を貸すというのは、もっともなこととは思えないが」

としました。